学力の二極化───子どもの理解が追い付かない現状

今日、夏季休業が明け、営業を再開致しました東京家学です。
まだまだ残暑が残りますが、これからも宜しくお願い致します。

さっき、教育関係のニュースに目を通していたら、このような記事が紹介されていました。

教科書 教師が思うほど児童分からず…理解度にギャップ
子供が期待されている教科書の理解は、大人がしているそれと大きな溝がある、ということです。

ところが、子どもの学力低下が叫ばれる一方で、学力の高い生徒には入試に特化した教科書が与えられ、
非常に高い難易度の問題を解いていたりします。ここに最近言われる「学力の二極化」が発生しています。

学力の高い生徒ならそれでも良いのかもしれませんが、
学力、理解に差があるにもかかわらず、大人たちが期待する高水準に沿った教科書を使用し、
生徒のレベルに合わせず教えていれば、このような事態になるのは当然でしょう。
ここで問題となるのは、その期待する水準を落とさず、生徒の学力を向上させようとしていることに尽きます。

最近では、イラストなどを多用した漫画風の教科書などが現れ、
中身は難易度が落とされ、ストーリーのように読める展開になっているそうです。
これについて賛否両論あるそうですが、私は生徒の理解水準に合わせるという姿勢は良いことだと思います。

何故なら、「理解する」ことができなければ学びの楽しさを知ることができないからです。
難易度が落ち、大人が求める学力水準が下がったとしても、
そこから子どもが興味を持ち、自発的に学習する意欲が持てるかもしれない。
そうでなくても、難易度の低い水準から始めることで、段階的に底上げすることは可能だとは考えられないでしょうか?

・・・集団で学習し、決まった期間、全員に当てられるカリキュラムが均一である必要がある学校では、
期待する学力水準を落とすということに抵抗があるのかもしれません。


しかし、少なくとも私ども東京家学は、学校復帰や進学を目指される場合、
一人一人の子どものレベルに合った段階的な学習を約束できます。
少しずつ、それでも着実に学力を付け、同時に子どもの自信を付けさせることができます。

断言してもいいですが、学ぶ楽しさを持ち、理解できる範疇で学ぶ子どもと、そうでない子どもの差は非常に大きく出ます。
少しずつであっても段階を踏んで進めていくことで、子どもの学力は飛躍的に上昇します。
決して現代の子どもの能力が低いわけではなく、
むしろそうやって学ぶことができている子どもは、私どもも驚くほどのスピードで吸収していきます。

子どもに無理難題な学習を強要するのではなく、
楽しく学べるように応援する東京家学でありたいと思います。


余談ですが、この問題は不登校問題についても同じことが言えるのではないでしょうか・・・?